弥生時代の拠点集落は濠をめぐらせた例が多いことから
環濠集落とも呼ばれるそうです。

(写真:環濠集落)
拠点集落の内部は高床主殿と付属建物で構成する祭場域を中心に、
首長居館域、工房域、高床郡倉域、竪穴住居域等に区画されます。
弥生時代の祭城は祖霊信仰や農耕儀礼を主としていたと思われているそうで、
墓域は環濠外に設ける例が多く、環濠内にある場合は隅に設け、
葬送儀礼用の高床祭殿や大型平屋祭殿を構える例があるそうです。
環濠集落の代表的な例である佐賀県吉野ヶ里遺跡(弥生後期)は、
首長居館域(南内郭)と主祭場(北内郭)それぞれに
濠と土塁・柵を巡らせて四辺に物見やぐらを建て、
集落全体をさらに中濠・外濠で囲う厳重な防御の構えを持っています。

(写真:吉野ヶ里遺跡 首長居館域(手前))

(写真:吉野ヶ里遺跡 主祭場)

(写真:吉野ヶ里遺跡 物見やぐら)

(写真:吉野ヶ里遺跡 濠)

弥生時代の建築の特徴とされるのは、梁間1間形高床建築だそうです。
梁間1間型高床建築は床を支持する技法の違いによって、
屋根倉式(ヤネクラ シキ)
造出柱式(ツクリダシハシラ シキ)
分枝式(ブンシ シキ)
際束式(キワヅカ シキ)
大引貫式(オオビキヌキ シキ)
の5形式があるそうで、
そのうち分枝・際束・大引貫式は縄文時代に遡ることが確認されており、
屋根倉式も縄文時代に遡る可能性があるとみられています。

弥生時代の水田開拓の進展に伴って新たに出現する住居形式には、
周堤式平地住居(シュウテイ シキ ヘイチジュウキョ)と
周溝式平地住居(シュウコウ シキ ヘイチジュウキョ)があるそうです。
両形式とも沖積平野に立地する集落の住居で、
基本的な構造は竪穴住居と同じなのだそうです。
登呂遺跡で竪穴住居とされている物が周堤式だそうです。
周溝式は伏屋根式平地住居の周囲に濠をめぐらす形式で、
主柱のない小型住居は濠のみが遺構として確認されるそうです。