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書院

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書院の歴史には諸説ありますが、
 
 
一説では僧が経巻を開き、写経等が行われた所であるといわれています。
 
 
書院の発生は建具に関係があると考えられています。
 
 
 
 
 
 
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寝殿造では、「蔀戸(シトミド)」が用いられ、
 
 
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天気の良い日はこれを上げることで光を入れていたそうですが、
 
 
荒天になるとこれを閉ざしたとされていますが、
 
 
これを閉ざすと部屋には光が入らず、真っ暗になってしまうそうです。
 
 
そこで本屋より外屋(ゲヤ)を少し出して明障子を入れ、
 
 
読み書きができ、風雨による損害を最小限にしようとしたのが
 
 
書院の始まりであるとされています。
 
 
 
 
 
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鎌倉時代になると3本溝が採用され、
 
 
板戸、舞良戸2枚に明障子1枚が立てられ、
 
 
光の問題はなくなりましたが、
 
 
不要になったからと言って書院はなくならず
 
 
読み書きができる教養の建具立として、
 
 
床の間、床脇とともに重要な座敷飾の分野として残ったそうです。
 
 
 
 
 
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書院は平書院付書院に分けられます。
 
 
平書院は床の間と縁側の境の壁に窓を取付けたもので、
 
 
窓の形には丸窓、火灯窓、角柄窓(ツノガラマド)、下地窓があります。
 
 
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付書院は出書院ともいい、縁側に出る室内の出窓のような形です。
 

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床脇・違棚と袋戸棚

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床脇は、棚が設けられ、書物や巻物を置く場所です。
 
 
これがあることは当主の教養の深さを表わすことから、
 
 
ステータスとして形式化されたものであるそうです。
 
 
厳格な床の間には高雅な床脇を作りますが、
 
 
お洒落なものや、粋なもの、
 
 
それぞれに合ったものを工夫することでパターンは増えていきます。
 
 
設備から考えると、
 
 
天袋、違棚、地袋のあるもの
 
天袋と違棚のもの
 
天袋と地袋のもの
 
天袋のみのもの
 
棚のみのもの(一枚棚、違棚、隅棚、吊棚)、
 
違棚と地袋のもの
 
地袋のみのもの
 
これらに窓をあしらったものがあります。
 
 
また棚の基本形には、通棚、違棚、落棚、吊棚、仕切棚、隅取棚があります。
 
 
また、床脇を必ず設ける必要はなく、
 
 
簡略化したり、なくして押入れにすることも一般住宅ではよくおこなわれています。
 
 
 
 
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違棚や袋戸棚について、地板の大きさは一定ではありません
 
 
天井は無目上端に回縁を回し、天袋のある時は鴨居の上にくるように設置。
 
 
天井は板の他、網代組、萩等のすだれを用いるなどの工夫がされます。
 
上棚板の板橋木口に筆返しをつけます。
 
 
棚板の材料は欅、桜、花梨、楓など無節柾板や杢板
 
 
松の大節杢板などですが、漆塗りに仕上げたものもあります
 
 
天袋の底板、地袋の天板の材料は違棚と同材とし、
 
 
厚さも同じで小襖を建てるので敷鴨居の溝を彫ります。
 
 
天袋や地袋の鴨居は別に取付けます。
 
 
最近は、床回りの材料にはほとんど積層材が用いられます
 
 
材料によって価格が変わらず、反りや割れのないからだそうです。
 
 

特殊床

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上段床は最も格式の高いものだそうで、
もともとは縁側に桔出した書院地板を机とし
落とし掛けから暖簾を垂らし、中に身を隠すものだったそうです。
床というより上段の間に相当し、
大きさは2~4.5畳くらいですが、今ではほとんど見かけません。
 
 上段床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
蹴込床は床框がなく、床板の下に蹴込板を入れた床で、
蹴込板の下部は畳寄せ上端に彫られた小穴に入れ、
上部は床板の小穴に入れます。
 
 
 蹴込み床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
琵琶床は達磨床ともいい
書院に接し床框から約15㎝高い所に四角い板を束に乗せたものです。
 
 
琵琶床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
洞床は、床の間の壁三面、天井全部を塗壁仕上とし、
角に丸味をつけた床で、床柱、床框、落し掛けは丸太、竹等を使います。
落し掛けも塗り込んだものを「塗回し床」といいます
 
洞床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
袋床は正面片方か両面手前に袖壁をつけた床で、お洒落な座敷向きです。
 
 
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踏込床は床の高さを畳面と同じにした床で、地板を敷いた床の間です。
 
 
踏込み床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
織部床は最も簡単なもので奥行きがなく
柱と柱の間、天井回縁の下に幅約25㎝の幕板を貼り、
約5~10㎜、壁面より出して柱の小穴に入れ、
軸掛釘を回縁から約3㎝下がった所へ打ちます。
 
 
織部床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
釣床は天井から吊束を下げ、これに落とし掛けを掛けたものです。
また床框の形に枠を組んで、畳の上に置くだけの置床もあります。
最近では床の間の奥行きが減少し、30~60㎝のものもあるそうです。
 
 

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本床

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本床は、最も一般的に採用される床の間の形で、
 
他の床の間の基準となるものでもあります。
 
 
この本床は基本寸法が決まっていますが、その寸法も絶対というわけではなく、
 
 
座敷の幅が2間以上大きくなると床の間も比例して1間以上大きくなります
 
 
 
 
 
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床柱は、その部屋の柱材と同じ木材を使います
 
 
京都北山の磨き丸太が使われることも多いようです。
 
 
また、本床では珍木を用いるのは下品と取られるのでよくないそうです。
 
 
 
 
 
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床框の高さは畳面から柱の見付け(正面から見える部分の幅)ほど。
 
 
床脇は畳面と同一に地板を納め、その上に地袋違棚天袋を設け、
 
 
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床の間と床脇の間には狆潜り(チンクグリ)を開けるか、
 
 
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下地窓
 
 
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火灯窓を設けることもあります。
 
 
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床框の材料は本床では蝋色漆塗で溜塗や素木も用いられますが、
 
 
多く堅木(黒檀、紫檀、花梨、黒柿、イチイ等)が好まれるようです。
 
 
最近集成材のものが多く出ています。
 
 
また、磨き丸太の面皮に、削った所のみ漆塗りしたものもあります。
 
 
 
 
 
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地板は欅、楠、松、栃等の根杢板を艶出しして貼るものと、
 
 
小紋縁をつけた畳表(龍鬢/リュウビン)を張った嵌板や
 
 
畳表の暑さだけ沈めた坂の上に薄縁を敷く方法があります。
 
 
また地板の積層材も種類多く出回っているようです。
 
 

床構え

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皆さんの家の和室には床の間があると思います。
 
 
本床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
床の間はもとから今の形であったのではなく、
 
 
昔は「押板」という形で存在していたそうです。
 
 
 
 
 
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床構えは鎌倉時代に日本にもたらされた
 
 
禅宗とお茶の影響で出来たと考えられているそうです。
 
 
禅宗の塔頭方丈(タッチュウホウジョウ)では、仏画が壁に掛けられ、
 
 
その前に仏具が並べられていたそうです。
 
 
一方で喫茶が流行し、
 
 
室町時代には名物を鑑賞しながらの喫茶が楽しまれたそうです。
 
 
また、この頃から部屋全体に畳が敷かれるようになったのだとか。
 
 
一部に畳を敷かず、ここに名物を飾ることもあったそうですが、
 
 
なにかと不便なことから、この飾る部分を建築の主要部分から外へ押し出した
 
 
作ったのが「押板」と言われる床の間の原型だそうです。
 
 
 
 
 
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話は少しずれますが、
 
 
封建制が確立するとともに、
 
 
身分の高い人が一段高い所(上段)に位置することになったのですが、
 
 
桃山時代の侘茶の場となった茶室では、上段と押板が別に取れなくなり
 
 
それが一つになったのが床の間と考えられているそうです。
 
 
床は原則として一段高く、床框がつき部屋内に設けられていますが、
 
 
押板は畳より約30㎝上がった所に部屋の外に押し出すように板をもうけ、
 
 
下部は壁を塗り、奥行きも60㎝と床の半間にくらべて浅いものです。
 
 
床の間は単に装飾ではなく、格式や安らぎの象徴で座敷には必要部分になります。
 
 
床の間は厳格な本床を基本に、趣味や雰囲気、機能によって
 
 
設計し、作り出していくものだそうです。
 
 
 
 
 
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本床(ホンドコ)で上段床は、厳格高雅な部屋につけ、
 
 
上段床.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本床、蹴込み床は住宅の厳正な床の間です。
 
 
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この他、洞床(ホラドコ)、
 
 
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袋床は風雅な味わいの床、織部床
 
 
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畳床は部屋の上品さを保つ手軽な床です。
 
 
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これらの中間的なものもあり、床の間の種類は多種多様にあります。
 
 
床の間は南向き(北床)または東向き(西床)がよいとされているそうです。
 
 
本床と逆床は間取りの都合で、右勝手と左勝手があり、
 
 
向かって左に縁側や書院のあるものが本床で、
 
 
その反対の時は逆床(ギャクドコ)といいます。
 
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■□今回の予定□■
6日(今回)        床構え
7日(次回)        本床
8日                    特殊床
9日                    床脇・違棚と袋戸棚
10日                    書院

家相・鬼門(3)

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先日、平安京は方角に気を使いながらつくられたと書きました。
 
 
それは平安京自体も鬼門にあたる北東には
 
 
比叡山延暦寺、賀茂別雷神社(上賀茂)などを建てていたことからわかるのですが、
 
 
現代の京都でも鬼門に関する風習が残っています。
 
 
それが欠き込みと呼ばれる、
 
 
鬼門に面する門や外壁を少し欠け込ませるといったもので、
 
 
京都の一般住宅でもそれが見られます。
 
 
京都御所の塀にも欠き込みがあり、
 
 
欠き込み.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
塀の屋根の下には猿の像が設置されています。
 
 
これは「難が去る」とかけているそうです。
 
 
 
 
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金峯山寺 吉野山蔵王堂では鬼門に当たる場所の柱は梨の木でつくられています。
 
 
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鬼門に梨の木の柱を置くことで、「鬼門が無し(梨)」という解釈なんだそうです。
 
 
それにしてもここまで梨の木が高くなるとは思いませんよね。
 
 
梨の木で「鬼門が無し」なら、家でもそうすればいいのかとも思いますが、
 
 
梨の木は庭に植えると縁起が悪いと言われています。
 
 
「何も無し」という解釈になるそうで、お金も無し、健康も無し、家族も無し
 
 
といった様になってしまうと言われているそうです。
 
 
ちなみに鬼門に植えるといいと言われている木
 
 
柊、月桂樹、クロガネモチ、キンポウジュ、マンサク、ユズリハ、
 
 
オガタマ、南天、金木犀、銀木犀などだそうです。
 
 
 

 

家相・鬼門(2)

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裏鬼門は坤の方向で南西にあたります。
 
 
ここは北東と反対に暑く住みにくい所で、中原への憧れは匈奴と同じく、
 
 
この圧力の総称を「南越」と呼び、歴代皇帝は匈奴南越対策に頭を痛めたそうです。
 
 
この話が日本に伝わってきたのは奈良時代だと言われています。
 
 
その後つくられた平安京は、方角にこだわっています。
 
 
そのため歴史の教材などにも、平安京の簡略図とともに方角と四神が書かれていたりします。
 
 
平安京には北東の守りとして、比叡山延暦寺、賀茂別雷神社(上賀茂)がつくられ、
 
 
裏鬼門を避けるために、石清水八幡宮が九州の宇佐八幡宮から請願されたそうです。
 
 
このように方角を取り入れて住居を建てるという知識は昔からあったそうですが、
 
 
一般庶民に普及したのは江戸時代中期以降に占が発達したためと考えられているそうです。
 
 
 
 
 
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鬼門や裏鬼門に水回りを置くことが凶とされるのは、食糧保存に関係した理由がありました。
 
 
鬼門は建物の北東に位置し、太陽が照るのは1日のうち午前中の短い時間で、
 
 
気温が上がるまでに日照はなくなってしまします。
 
 
よって、乾燥し難く、湿気の多い場所であることから不衛生な環境にあり、
 
 
汲取り便所・土間と台所の時代、ここに水回りを持ってくることを誡める意味があったようです。
 
 
逆に裏鬼門は南西に位置し、1日の最高気温の時に日照がある上、日没まで日の当たる場所です。
 
 
したがって、食糧などの腐敗が早く、不衛生であることから、
 
 
鬼門と同じ扱いになったと考えられているそうです。
 
 
 
 
 
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しかし現代では電気冷蔵庫や水洗便所があるため、上記の意味をなくしました。
 
 
また日本は、北東に日本海・南西には太平洋なので、大陸国のように攻め入られることはなく、
 
 
ただ単に吉凶・善悪の方向の形として輸入されたそうです。
 
 
次回は鬼門に対して少し特徴をもたせた建物を紹介したいと思います。
 
 
 

 

家相・鬼門(1)

|

 

方位を考えるときに問題となるのは中心をどこに置くか、ということが最も多いそうです。
 
 
家相の専門家によっても異なるそうですが、大体の場合、
 
 
1.建物の重心
 
2.主人の居室の中央
 
3.敷地の重心
 
4.神棚のあるところなど
 
 
が中心となるそうです。
 
 
他に大黒柱大棟の中心を家相の中心とする場合もあるそうです。
 
 
一般的には一階平面図の重心というのが多いそうです。
 
 
 
 
 
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方位の中で一番知られているのが鬼門です。
 
 
鬼門の方向は、家相方位の艮の方向で北東にあたります。
 
 
この鬼門ですが、この方角の元となった理由の一つは中国の匈奴だそうです。
 
 
中国中原の沃野は気候もよく豊富な土地だったのに対し、
 
 
中国東北部は寒く不毛に近い場所だったそうです。
 
 
東北部に住む民族は、隙あらば中原の沃野に向かって移動しようとしました。
 
 
この東北部に住む民族を総称して匈奴といい、
 
 
この外圧に中国の歴代皇帝は頭を悩ませたそうです。
 
 
また、冬に東北から吹く風は冷たく「万里枯れる」悪魔の風として恐れられていたそうです。
 
 
匈奴の侵略は商や殷の時代(BC1500)からあったそうで、
 
 
後に中国を統一した秦の始皇帝がBC200年頃、万里の長城を築いたそうです。
 
 
その後の歴代皇帝も万里の長城を修復し、延長していったのだとか。
 
 
 
 
 
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また、この方向を「鬼門」というのは、
 
 
東北の奥には鬼が住んでいて
 
 
亡者が集まり忌み嫌われるとことに入る門であるから、と言われています。
 
 
また、北の陰から東の陽に移る陰の極で、
 
 
ここに死者の精気である鬼が集まり、よくないことが起こるので鬼門という説もあるそうです。
 
 
ちなみに、艮の方向は「表鬼門」といい、対角線上の坤の方向は「裏鬼門」といいます。
 
 
鬼門は艮を指すのに、なぜ表と裏があるのでしょうか。
 
 
次回は「表鬼門」「裏鬼門」について書いていきます。
 
 
 
 

家相・方位

|

  

今回は家相に用いられる方位について書きます。
 
 
一般的に知られている方位とは東西南北ですよね。
 
 
また、日本では十二支を方位や時計にあてはめることもあります。
 
  
丑寅の方角、や丑三つ時などは妖怪がらみの時代劇や小説だと
 
 
よく聞いたり目にしたりしませんか?
 
 
私たちが普段使う「午後」や「午前」も午の刻(12時)の前か後かということです。
(他にも望遠鏡にウサギの絵を描いて「遠眼鏡(十目が子)」というトンチが使われていたり・・・)
 
 
方位・方角は生活する上で何かと関わってきますが、
 
 
東西南北や十二支はどちらも4の倍数ですよね。
 
 
 
 
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しかし、方位のもとになったのは前回も書いたように陰陽五行説
 
 
物の根源は五つの物からできていて、陰と陽に分けられ、
 
 
宇宙の根源は「木・火・土・金・水」であるとされているそうです。
 
 
その宇宙の根源である五つにはそれぞれ兄と弟があると考えられ、
 
 
十干(ジッカン)ができたそうです。
 
 
甲乙丙どこかで見たことはありませんか?
 
 
これはそれぞれ、「きのえ、きのと、ひのえ」と呼びます。
(「こう、おつ、へい」ではないです)
 
 
簡単に言えば「木の兄、木の弟、火の兄」ということです。
 
 
そういったように「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・申・壬・癸」とあります。
 
 
 
この十干と同じ頃できたのが十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)で、
 
 
十干と十二支は組み合わされて、今も時間や方位などとして使われています。
 
 
また、九星といわれるものや、四神も組み合わせて家相を見て行くそうです。
 
 
 
 
 
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家相方位一覧表.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(図:家相方位一覧)
 
 
 
この画像が家相を見るための一覧のひとつです。
 
 
一覧によって違いは出てくるそうですが、大きく見れば同じだそうです。
 
 
これによれば水回りを置くのに適しているのは南南東なのですが、
 
 
15度東にずれると水回りは凶となっています。
 
 
家相も占いのひとつですから、信じる信じないは人それぞれです。
 
 
中には「家相に振り回されてたら家なんて建てられないし、住めない。どうせ占いでしょう」
 
 
と思われるかたもいらっしゃると思います。
 
 
たしかにその通りなのですが、一般的に知られている凶の方角「鬼門」には、
 
 
「鬼門」と呼ばれる理由があるんです。
 
 
ということで、次は鬼門について書いていきたいと思います。
 
 
 
 
 

家相

|

 

家相という言葉、一度は耳にしたことがあるかと思います。
 
 
辞書には、
 
 
家の位置・方角・構造などから、その家に住む人の吉凶を判断する方法
中国伝来の陰陽五行説に基づく俗信。
                                      (国語辞典「大辞泉」より)
 
 
とあります。
 
 
テレビでは風水師が家相を診断しに行く企画を時々放送したりしていますよね。
 
 
日本では古くから帝都の選定や社寺宮殿の造営、住宅建設などにも関わっています。
 
 
平安京などがよく知られている例で、
 
 
四神相応の考え方をもとにされたという説もあります。
 
 
鬼門とよばれる北東の位置には
 
 
陰陽道に関係する人物の屋敷やお寺(延暦寺)などが設けられたそうです。
(安倍清明邸もここにあったそうです。)
 
 
また、この時の貴族は出かける際の道順も吉凶にならって「方違え(カタタガエ)」なども行ったとか。
 
 
たしかに平安時代は「もののけ」「妖怪」を怖れていたといいますが、
 
 
出かけるときの道順まで決まっているのは少し手間がかかりますよね。
(場合によっては道の途中で五日泊ることもあったそうですし・・・)
 
 
 
 
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                                ■□今週の予定□■ 
                                       9日(今回)          家相
                                     10日(次回)         家相・方位
                                     11日                   家相・鬼門(1)
                                     12日                   家相・鬼門(2)
                                     13日                   家相・鬼門(3)

 

 

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