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ヘレニズム時代

 

前323年のアレクサンドロス大王の死からエジプトがローマの属州となる前31年までの期間は
 
 
エーゲ海を中心としたギリシア世界と
 
中近東のオリエント世界との文化的接触の時代であったそうです。
 
 
大王の死後に一時混乱の時代を迎えたそうですが、
 
 
セレコウス朝による中近東から小アジアまでの地域
 
 
プトレマイオス超によるエジプト
 
 
ギリシア本土北方のマケドニア
 
 
エーゲ海一帯
 
 
という四つの地域に分かれたそうです。
 
 
 
 
 
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この時代の特徴の第一は、対象となる世界の地域的な拡大です
 
 
前半は小アジアを中心とした東地中海世界を、
 
 
第2世紀中頃以降はローマまでを巻き込んだ地中海沿岸全域を舞台とする
 
 
ようになっていったそうです。
 
 
その結果、コスモポリタン的思想が生まれたのだそうです。
 
 
それにしたがい、建築においてもその理念化や平準化が進み、
 
 
ヘルモゲネスやヘルモドロスのような真の意味でのインターナショナルな建築家が出現しました。
 
 
彼らは建築書を書き残すとともに、自らの能力を最大限に生かせる場を求めて、
 
 
地中海世界全体を相手に活躍することになります。
 
 
 
 
 
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第二の特徴は、建築の空間というものがより明確に認識されるようになったことです。
 
 
それは人間が特定の意思のもとに統制できる空間を作り出すことであって、
 
 
矩形の広場や軸線的な計画の中にみることができます。
 
 
この傾向はローマ建築に引き継がれ、そこで結実することになります。
 
 
 
 
 
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第三の特徴は、従来の宗教建築のみを中心とした建築の発展ではなく、アゴラや
 
 
それに付随する集会施設や劇場などの公共建築が充実するようになったことです。
 
 
パルテノン神殿以降、神殿建築の中心がドリス式からイオニア式に移っていきました。
 
 
ヘレニズム期を代表する神殿建築はヘルモゲネスによる一連のイオニア式神殿です。
 
 
その好例がマグネシアのアルテミス神殿です。
 
 
神域の構成ではペルガモンのアテナ神域のように、
 
 
列柱廊で矩形に近い神域を作りながらも神殿は斜めに見えるように配置する
 
 
アルカイック時代以来の伝統的手法が継承されています
 
 
ですがもう一方では、列柱で囲まれた完全に矩形の広場を作り出し、
 
 
そこに軸線を通すような空間の秩序化が興っています。
 
 
 
 
 
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マグネシアのアルテミス神殿では整然とした神域の中央に神殿が立ち、
 
 
その中央軸戦場にプロピュロンが開いています。
 
 
アゴラにおいても明確な軸線は形成されないですが、
 
 
柱列で完全に取り込まれたモニュメンタルな広場へとその姿を変えていきます
 
 
たとえばプリエネやミレトスのアゴラでは
 
 
「コの字」や「L字」形の列柱廊でかこまれた矩形の広場をなし、
 
 
その周囲にブーレウテリオンなどの公共施設がおかれています。
 
 
こうした空間の秩序化と軸線性は単一の建物にも適用されるようになっていきます。
 
 
ミレトスのブーレウテリオンは、入り口、列柱廊、祭壇、半円形の集会場が
 
 
中心軸上に並び、左右対称になっています
 
 
 
 
 
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プリエネやデロス島の前3~2世紀の住宅は、石造が一般的となり、2~3階建てとなります。
 
 
基本は中庭式で、立派なつくりの場合は周柱廊がそこにめぐり、
 
 
中庭の下には貯水槽が設けられることもあったそうです。
 
 
各部屋は中庭に面し、できるだけ北側に部屋を集め、南側は開けられ、
 
 
主室がほかの部屋に比べ際立って大きくなっています。
 
 
室内にはモザイクの舗床を施し、壁面には壁画が描かれ、
 
 
内部意匠が極めて豊かになり、ローマの住宅へとその手法は受け継がれていきました
 
 
 
 
 
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戦闘技術の向上により都市の城壁はより強固になり、アクロポリスは要塞化し、
 
 
市民生活の中心としてのアゴラより壮麗に整備されるようになっていきます。
 
 
新しく建設される都市では格子状に街路計画が用いられる一方で、
 
 
景観を重視したスケノグラフィア的都市計画も発展します。
 
 
その代表例が前2世紀から始まったペルガモンの都市計画です。
 
 
急峻な斜面に沿って設けられた幾段ものテラス、それを支持する擁壁、
 
 
それぞれのテラス上に置かれる神殿や公共建築群は一体となっています。
 
 
このようにヘレニズム時代における空間の秩序化
 
 
洗練された神殿形式やオーダーの意匠
 
 
住宅の形式などは前2世紀以降、共和政ローマ建築を飲み込んでいったようです。
 
 
 

 

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