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エトワール凱旋門

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前回エッフェル塔を紹介した時、大坂の初代通天閣のモデルとなったと書きましたが、
 
 
エッフェル塔は初代通天閣の上半分のモデルで、下半分にもモデルがあります。
 
 
それがエトワール凱旋門です。
 
 
エトワール凱旋門.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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エトワール凱旋門は、フランス・パリのシャンゼリゼ通りの西端の
 
 
シャルル・ド・ゴール広場にある凱旋門のことです。
 
 
パリのシンボルの一つで、単に凱旋門と言えばこの凱旋門を指すことも多く
 
 
世界有数の観光名所となっています。
 
 
この凱旋門を中心にシャンゼリゼ通りを始め、12本の通りが放射線状に延びており、
 
 
エトワール凱旋門 地図.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その形が地図上で光り輝く“”のようみえることから、
 
 
この広場は「星の広場(エトワール広場)」と呼ばれていたそうです。
 
 
古代ギリシャ、ローマを模範とする新古典主義建築物だそうです。
 
 
 
 
 
 
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エトワール凱旋門は前年のアウステルリッツの戦いに勝利した記念に、
 
 
1806年にナポレオン・ボナパルトの命によって建設が始り
 
 
ルイ・フィリップの復古王政時代、1836年に完成したそうです。
 
 
ナポレオンは凱旋門が完成する前にすでに死去しており、
 
 
彼がこの門をくぐったのは1840年にパリに改葬された時だったのだとか。
 
 
 
 

エッフェル塔

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前回はイギリスの有名な建築物について書いたので、
 
 
今回はフランスの有名な建築物について書いていきたいと思います。
 
 
 
フランスの有名な建築物はいくつかありますが、
 
 
知名度の高い建築物と言えばエッフェル塔ですよね。
 
 
エッフェル塔.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:エッフェル塔)
 
 
 
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フランス革命100周年を記念して、
 
 
1889年にパリで行われた第4回万国博覧会に建造するために
 
 
コンペティションが開かれたそうです。
 
 
そのコンペティションでギュスターヴ・エッフェル
 
 
ステファン・ソーヴェストルモーリス・ケクランの案が採用されたそうです。
 
 
エッフェル塔という名前はギュスターヴ・エッフェルに由来するそうです。
 
 
 
 
 
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エッフェルは工事を請け負ったにすぎないとされることもあるそうですが、
 
 
ソーヴェストルとケクランはエッフェル社の社員だったそうで、
 
 
最終的にはエッフェルが著作権者となったそうです。
 
 
建設は万博に間に合わせるために2年2ヶ月という早さで行われたそうですが、
(当時の技術や塔の高さを考えると早いですよね)
 
 
一人の死者も出さなかったそうです。
 
 
 
 
 
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現在のエッフェル塔はパリを代表するシンボルとなっています。
 
 
1991年にはこの塔を含むパリのセーヌ川周辺は世界遺産として登録されました。
 
 
ちなみに、このエッフェル塔には正面がないそうです。
 
 
入る時に少し戸惑いそうですよね。
 
 
また、大阪の初代通天閣のモデルにもなっています。
 
 
初代通天閣.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:初代通天閣)
 
 
 
 
 
 

 

 

弥生時代の拠点集落は濠をめぐらせた例が多いことから
 
 
環濠集落とも呼ばれるそうです。
 
 
環濠集落.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:環濠集落)
 
 
拠点集落の内部は高床主殿と付属建物で構成する祭場域を中心に
 
 
首長居館域、工房域、高床郡倉域、竪穴住居域等に区画されます
 
 
弥生時代の祭城は祖霊信仰や農耕儀礼を主としていたと思われているそうで、
 
 
墓域は環濠外に設ける例が多く、環濠内にある場合は隅に設け、
 
 
葬送儀礼用の高床祭殿や大型平屋祭殿を構える例があるそうです。
 
 
環濠集落の代表的な例である佐賀県吉野ヶ里遺跡(弥生後期)は、
 
 
首長居館域(南内郭)と主祭場(北内郭)それぞれに
 
 
濠と土塁・柵を巡らせて四辺に物見やぐらを建て、
 
 
集落全体をさらに中濠・外濠で囲う厳重な防御の構えを持っています。
 
 
吉野ヶ里遺跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:吉野ヶ里遺跡 首長居館域(手前))
 
 
吉野ヶ里遺跡 北内郭.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:吉野ヶ里遺跡 主祭場)
 
 
吉野ヶ里遺跡 物見やぐら.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:吉野ヶ里遺跡 物見やぐら)
 
 
環濠.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:吉野ヶ里遺跡 濠)
 
 
 
 
 
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弥生時代の建築の特徴とされるのは、梁間1間形高床建築だそうです。
 
 
梁間1間型高床建築は床を支持する技法の違いによって、
 
 
屋根倉式(ヤネクラ シキ)
 
 
造出柱式(ツクリダシハシラ シキ)
 
 
分枝式(ブンシ シキ)
 
 
際束式(キワヅカ シキ)
 
 
大引貫式(オオビキヌキ シキ)
 
 
の5形式があるそうで、
 
 
そのうち分枝・際束・大引貫式は縄文時代に遡ることが確認されており、
 
 
屋根倉式も縄文時代に遡る可能性があるとみられています。
 
 
 
 
 
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弥生時代の水田開拓の進展に伴って新たに出現する住居形式には、
 
 
周堤式平地住居(シュウテイ シキ ヘイチジュウキョ)と
 
 
周溝式平地住居(シュウコウ シキ ヘイチジュウキョ)があるそうです。
 
 
両形式とも沖積平野に立地する集落の住居で、
 
 
基本的な構造は竪穴住居と同じなのだそうです。
 
 
登呂遺跡で竪穴住居とされている物が周堤式だそうです。
 
 
周溝式は伏屋根式平地住居の周囲に濠をめぐらす形式で、
 
 
主柱のない小型住居は濠のみが遺構として確認されるそうです。
 
 

 

日本建築史(1‐4) 巨大建築

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今から6千年前を境に住居建築は急速な発展をみせ、
 
 
その後掘立柱建物という新しい形式の建築が発生し、
 
 
東日本全域にわたって集落遺跡が飛躍的に増加したそうです。
 
 
集落形態は
 
 
小型住宅1~2棟のキャンプサイト、
 
 
住居5~6棟で構成する一般集落、
 
 
10棟前後の住居と掘立柱建物、
 
 
墓域を備える拠点集落
 
 
があり、拠点集落を中心とした部族社会が各地に成立し、
 
 
部族社会が連合して土器形式を共有する広域文化圏を形成するまでになったそうです。
 
 
 
 
 
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一般集落や拠点集落は、住居を広場の周囲に環状に配置する環状集落が多く、
 
 
拠点集落では広場の中央を墓域とし、
 
 
墓域と住居の間に貯蔵穴や掘立柱建物を配置する形式が一般的なのだそうです。
 
 
また、住居域・貯蔵穴・墓域・広場を機能別にブロック配置とする例もあり、
 
 
その例として青森市三内丸山遺跡があります。
 
 
三内丸山遺跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (写真:三内丸山遺跡)
 
 
また拠点集落級の大集落で墓域や掘立柱建物を伴わない場合は、
 
 
墓と掘立柱建物を集落外に祭場として独立させ、
 
 
祭場を部族連合社会が共有していたとも考えられる。
 
 
このような祭場遺跡跡例に栃木県宇都宮市根古谷台遺跡がある。
 
 
 
根古谷台遺跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(根古谷台遺跡)
 
 
簡単に言うと集落は校区、拠点集落は市町村、広域文化圏は県といったところでしょうか。
 
 
 
 
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三内丸山の拠点集落に話がもどりますが、
 
 
この遺跡は東西道路を軸にして集落の諸機能を有機的に配置し、
 
 
生時代の環濠集落に通じる先進的な集落構成となっているそうです。
 
 
とくに注目されるのは3つの祭場域で、
 
 
桁行2間、梁域1間の高床祭殿郡で構成され、
 
 
中央祭場のみ両側に桁行3間の梁間1間型平屋祭殿が続いています。
 
 
建物の規模に関わらず、梁行1間、桁行1~5間とする
 
 
掘立柱建物遺構が縄文時代中期以降に多いらしく、
 
 
これらの遺跡は弥生時代の梁間1間型高床建築の平面と共通しており、
 
 
その構造形式は富山県小矢部市桜町遺跡(縄文中期末)や
 
 
東京都東村山市下宅部遺跡(縄文後期)での
 
 
出土の高床柱材によって明らかになったそうです。
 
 
 
桜町遺跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:桜町遺跡)
 
 
しかし、梁間1間型の全てが高床建築ではないことが、
 
 
内部に炉を備え測柱間に壁痕跡を残す梁間1間型住宅を主体とする集落が
 
 
新潟県清水上・五丁歩遺跡(中期前葉)で発見され実証されたそうです。
 
 

 

日本建築史(1‐3) 定住集落

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歴史の教科書に必ずと言っていいほど出てくる「竪穴式住居」ですが、
 
 
定住集落が成り立ったと考えられているのは、
 
 
今から約9千数百年年程前からだそうです。
 
 
それよりも少し話は遡りますが、
 
 
一万千年前に一度、桜島で大噴火が起きたとされているそうです。
 
 
その火山灰層のすぐ下の層から旧石器時代終末期の石器
 
 
文時代の土器・石器が出土されているそうです。
 
 
このことからこの時期が縄文時代の始まりとされているそうです。
 
 
 
 
 
 
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薩摩火山灰の上面の層には
 
 
草創期と同様の遺構・遺物を伴って壁立式竪穴住居54棟
 
 
2本の並行する道路を備えた国分市上野原遺跡(9千5百年前)などが発見されています。
 
上野原遺跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:上野原遺跡)
 
 
住居は重複して建て替えられ、その規模に3㎡~12㎡の差があることなどから、
 
 
上野原遺跡は1期10棟前後でいずれも継続的に営まれた定住集落と推測されています。
 
 
上野原遺跡の住居は円形平面の壁立式平地住居内の中央に
 
 
方形平面の竪穴床面をもつ他に類例のない複合形式で、壁立式竪穴住居の亜流とされています。
 
 
 
 
 
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日本列島北端の北海道では、鹿児島よりやや遅れてはいますが、
 
 
函館市中野A遺跡(八千年前)で40棟ほどの竪穴式住居の定住集落
 
 
成立していたことがわかり、谷を隔てて隣接する中野B遺跡(7千5百年前)には
 
 
600棟を超す竪穴住居が発見され、
 
 
長期にわたる大集落が営まれていたと考えられるそうです。
 
中野B遺跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:中野B遺跡)
 
 
この竪穴式住居は円形平面で、7㎡~35㎡の規模に比例して主柱が増える形式なのですが、
 
 
これは、縄文時代前期以降、東日本全域に普及する竪穴式住居の基本形式なのだそうで、
 
 
早期中葉の北海道にその基本形式がすでに成立していたことが示されます。
 
 
 

 

日本建築史(1‐2) 住宅

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今回は前回でも少しふれた日本の住居の始まりについて書こうと思います。
 
 
先史時代は考古学上の時代区分によれば
 
 
旧石器時代(BC50万年‐BC1万年)
 
 
縄文時代(BC1万1千年‐BC300年)
 
 
弥生時代(BC400年‐AC400年)
 
 
古墳時代(AC300年‐AC600年)
 
 
に分けられるそうです。
 
 
 
 
 
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氷河時代には洞窟や岩陰を利用した住まいだったそうですが、
 
 
氷河時代終末期の後期旧石器時代には気候の温暖化が進み、
 
 
平地での生活が始まったそうです。
 
 
 
大境洞窟住居跡.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:大境洞窟住居跡)
 
 
それに伴い平地住居になっていったとされているそうですが、
 
 
これは石器や石器片が直径2~5mに集中分布する範囲を平地住居跡とみなしているもので、
 
 
木材を円錐状に組み、獣皮などで覆うテント式構造の
 
 
伏屋式平地住宅であったとされているそうです。
 
 
この石器集中箇所の中には、深さが20~40㎝の小主柱を円形に配置するものや、
 
 
浅い竪穴面をもつ竪穴式住居が九州から北海道にかけて
 
 
いくつかの遺跡で発見されているそうです。
 
 
最近の発見例では石器集中範囲の床面を竪穴及び平地とし、
 
 
床面に深い主柱が検出されて、主柱付きの平地住居となる例が確認されたそうです。
 
 
このように、後期旧石器時代にはすでに縄文時代を通して存続する
 
 
平地住居や竪穴式住居の基本形式が成立していたのだそうです。
 
 
 
 
 
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洞窟・岩陰遺跡として、
 
 
岩井堂洞窟(秋田県湯沢市)
 
 
大境洞窟住居跡(富山県氷見市大境)
 
 
上黒岩岩陰遺跡(愛媛県久万高原町)
 
 
泉福寺洞窟(長崎県佐世保市瀬戸越町)
 
 
栃原岩陰遺跡(長野県南佐久郡北相木村)
 
 
福井洞窟(長崎県佐世保市吉井町)
 
 
があります。
 
 

日本建築史(1‐1)

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建築史の分野で、前回は西洋建築史に少し書きました。
 
 
今回は日本建築史について書こうと思います。
 
 
日本建築史の研究は、伊東忠太(イトウ チュウタ)によって研究が始められたそうです。
 
 
彼は1892年、帝国大学の工科大学造家学科(現在の東京大学工学部)を卒業して
 
 
大学院に進み、日本建築史の研究に取り組んだそうです。
 
 
ちなみに、法隆寺を学問的に「日本最古の寺院建築」として示したのも伊東忠太だそうです。
 
 
 
 
 
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日本最古の寺院建築は法隆寺。
 
 
日本最古の住居といえば竪穴式住居でしょうか
 
 
実は日本人はもともと洞窟や岩陰を利用していたそうで、
 
 
平地に住居を建て始めた時は竪穴ではなく、
 
 
平地にそのまま家を建てていたそうです。
 
 
 
 
 
 
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■□今週の予定□■
23日(今回)         日本建築史(1-1)
24日(次回)         日本建築史(1-2)住居
25日                    日本建築史(1-3)定住集落
26日                    日本建築史(1-4)巨大建築
27日                    日本建築史(1-5)環濠集落・高床式倉庫
 
 

5月21日は何の日・・・?

|

  

暑いですね。
 
 
まだ5月なのに30℃前後の暑さ。
 
 
熱中症に注意してください。
 
 
ところで、今日は多くの学校で運動会が開かれていたようです。
 
 
今朝少し雨が降っていたので心配しましたが、
 
 
晴れて運動会日和となったので安心しました。(*^^*)
 
 
 
 
 
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学校と言えば。
 
 
今日は小学校開校の日だそうです。
 
 
1869年の今日この日に日本初の小学校が開校されたそうです。
 
 
 
 
 
上京第二十七番組小学校.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その学校が京都市の上京第二十七番組小学校なのだとか。
 
 
写真は9年後に改築されたものだそうです。
 
 
今では義務教育として修学義務がありますが、
 
 
開校当時の就学率は32パーセントだったそうです。
 
 
3人に1人しか学校に行けなかったんですね・・・
 
 

縁起木 西・北西

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今回は西と北西に植えるといいと言われている木について書きます。
 
 
西は低木、松、竹、ナツメなどを植えるといいそうです。
 
 
松の語源は齢を保つことから、「たもつ」の略転だそうで、
 
 
行く末を待つ意味の「まつ」がかけられているそうです。
 
 
また、神が木に宿るのを待つことから「まつ」など、様々な説があるようです。
 
 
竹はその生態から、成長や多産、開運などを象徴するのだとか。
 
 
ナツメは「棗」という字を書くのですが、この漢字は中国で「zao」と発音するそうです。
 
 
これは「早」の中国読みと同じ発音であるため、多くの子供が早く授かると言われているそうです。
 
 
ナツメの実は漢方薬としても使われるそうです。
 
 
また、この方角は金運や財産運に関係しているらしいので、
 
 
千両や万両を植えるのもいいかもしれません。
 
 
ちなみに、この方角に桃や桜を植えてはいけないそうです。

 

 
 
 
 
 
木雲草原ライン.gif
 
 
 
 
 
北西は主木(大樹)、高木、常緑樹がいい。
 
 
主木とは樹齢が長く、中高木であり、他の植物より高木に仕立ててある木のことです。
 
 
例として、松、杉、クロガネモチ、カシ、イチイがあげられます。
 
 
杉は他の木に比べて寿命が長いためだそうです。
 
 
クロガネモチは苦労が無い金持ち。または「苦労シテカネモチ」。立身出世の木としていいそうです。
 
 
カシは表庭にカシを植え、裏庭にカリンを植えて、「金は貸すけど、借りん」で縁起がいいそうです。
 
 
イチイは神官が持つ笏(シャク)の材料に用いたので、一位の位にちなんだ名前。
 
 
成功や目的達成の記念樹にいいそうです。
 
 
この方角では柳や梅を埋めること、また家と木の近接伐採はよくないそうです。

 

 

縁起木 南・南西

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今回は南と南西に植えるといいと言われている木について書きます。
 
 
南は低中木や落葉樹を一対の木(同じ木を日本植える)にするといいそうです。
 
 
例としてはなどが当てはまるようです。
 
 
紅梅と白梅を並べたら綺麗ですよね。(^^*)
 
 
梅は松竹梅としてめでたい樹木のなかに含まれます。
 
 
これは中国の「歳寒三友」が日本に伝わったものと言われています。
 
 
また、南は一日の中で最も陽が当たる方角であるため、
 
 
大樹や高木は植えない方がいいそうです。
 
 
南に落葉樹を植えると良いとされるのは、
 
 
夏は葉が生い茂り涼しく、冬は葉が落ちて家の中に陽が入るからだそうです。
 
 
あまり意識はしていませんが、
 
 
古民家などの南にある木はたいてい落葉樹ではないでしょうか。
 
 
 
 
 
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南西は北東と同じく南天や柊、ヤツデを植えると良いそうです。
 
 
また南と同じく陽が当たる方角なので、低中木や落葉樹もいいのだとか。
 
 
薬木(ハーブなど)も植えるといいそうです。
 
 
ツゲやモンタナマツなど垣根になるも樹木も良いようです。
 
 
大樹や繁茂の類は良くないそうで、
 
 
木を植える際も北東と同じく家と木の接近は駄目なのだとか。
 
 
 
 
ちなみに、表鬼門(北東)に柊、裏鬼門(南西)に南天を植えるのがいいそうです。
 
 
 

 

縁起木 東・南東

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今回は東と南東に植えるといいといわれている木について書きます。
 
 
東には低木で赤い実のなる木がいいそうです。
 
 
柿やヒメリンゴなどが該当します。
 
 
柿は「お金をかき集める」といい、
 
 
ヒメリンゴは無数の実をつけるため、幸多かれと願うためにいいそうです。
 
 
逆にソテツ(鉄は「お金を失う」と書くため)はあまり良くないそうです。
 
 
 
 
 
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南東には低中木で香りのする木がいいそうです。
 
 
金木犀や沈丁花、クチナシなどがいいみたいです。
 
 
キンモクセイは名前から「」を連想することから、金賞や金メダルにかけて、
 
 
勝利祈願や合格祈願に用いられることもあるそうです。
 
 
また、虫が付かないそうなので、庭に植えるには最適かもしれないですね。
 
 
金婚式に送ってもいいそうです。
(銀木犀も「銀」を連想することからいいそうです)
 
 
ジンチョウゲは中国からはいってきた木だそうです。
 
 
中国で語り継がれている話が由来するそうですが、
 
 
瑞香といって昔から縁起がいいといわれているそうです。
 
 
クチナシは「口無し」から「黙々と夢の実現に励む」といわれ、好まれるそうです。
 
 
熟しても実が割れないことからこの名前がついたそうです。
 
 
こちらもソテツはよくないみたいです。
 
 
 
 
 
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ソテツはそんなに良くないのかという見方になりそうですが、
 
 
本来ソテツは縁起の悪い木ではないそうです。
 
 
江戸時代初期は権力の象徴として大名庭園などに良く植えられたそうです。
(昔は、南国の植物を持ってこられる財力のある人でないと蘇鉄は植えられなかったのですね。)
 
お金が溜まらないというのは
 
 
「ソテツに釘(カネ)を打ち込むとよく育つ」ということわざからきているそうです。
(縁起担ぎはやはり俗信どまりなのかもしれないですね)
 

 

縁起木 北・北東

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今回は北・北東に植えるといいと言われている木について書きます。
 
 
まずは北から。
 
 
北には大樹、高木、常緑樹、竹類がいいそうです。
 
 
月桂樹やユズリハなどでしょうか。
 
 
月桂樹は勝利の木なんだそうです。
 
 
由来は、古代ギリシャでは競技の勝利者に月桂樹の冠が渡されたからなんだとか。
 
 
オリンピックでもそうですよね。
 
 
ユズリハは代を「ゆずる葉」が語源なんだそうです。
 
 
新芽が出てから古い葉が散ることからこの名前が付いたそうです。
 
 
北のラッキーカラーが白やピンクらしいので、桜や桃でもいいかもしれないですね。
 
 
ただ、赤い花をつける木は駄目らしいです。
 
 
また、竹は北に植えると良いと言われていますが、
 
 
100年に一度白い花を咲かせて一気に枯れるそうなので、
 
 
その花を見ると不吉と考えられることもあるみたいです。

 
 
 
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北東には南天、柊、ヤツデ等の低中木を家から離して植栽するといいそうです。
 
 
高木や生い茂る木は駄目だそうです。
 
 
南天は「難を転ずる」といった言葉遊びのような理由ですが、「言霊」としてそうなったそうです。
 
 
柊は厄除けといった意味があるそうです。
 
 
昔から刺のあるものは、魔除けや厄除け効果があるとされているそうです。
 
 
ちなみに語源は「疼らぐ(ひいらぐ)」からきたそうです。
 
 
ヤツデは葉が「末広がり」だからだそうです。
 
 

 

縁起木

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皆さんの家の庭に、木はありますか?
 
 
木のある庭に面した部屋では、夏は涼しく、
 
 
冬は雪の積もった木を眺めることができます。
 
 
季節によって表情が変わる木は見ていて楽しく趣がありますよね。
 
 
先週の最後に、「鬼門に植えるといい木」として、いくつか木の種類を書きました。
 
 
迷信の域を出るわけでもありませんが、
 
 
「縁起」を出されるとついつい気になってしまいますよね。
 
 
昔から縁起を担ぐ日本ですが、
 
 
方角に対して植えてもいい木と悪い木があるそうです。
 
 
今回は方角別に、縁起のいい木を書いていきたいと思います。
 
 
 
 
 
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■□今週の予定□■
16日(今回)         縁起木
17日(次回)         縁起木 北・北東
18日                    縁起木 東・南東
19日                    縁起木 南・南西
20日                    縁起木 西・北西
 
 
 

家相・鬼門(3)

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先日、平安京は方角に気を使いながらつくられたと書きました。
 
 
それは平安京自体も鬼門にあたる北東には
 
 
比叡山延暦寺、賀茂別雷神社(上賀茂)などを建てていたことからわかるのですが、
 
 
現代の京都でも鬼門に関する風習が残っています。
 
 
それが欠き込みと呼ばれる、
 
 
鬼門に面する門や外壁を少し欠け込ませるといったもので、
 
 
京都の一般住宅でもそれが見られます。
 
 
京都御所の塀にも欠き込みがあり、
 
 
欠き込み.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
塀の屋根の下には猿の像が設置されています。
 
 
これは「難が去る」とかけているそうです。
 
 
 
 
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金峯山寺 吉野山蔵王堂では鬼門に当たる場所の柱は梨の木でつくられています。
 
 
吉野山坐像堂 梨の柱.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼門に梨の木の柱を置くことで、「鬼門が無し(梨)」という解釈なんだそうです。
 
 
それにしてもここまで梨の木が高くなるとは思いませんよね。
 
 
梨の木で「鬼門が無し」なら、家でもそうすればいいのかとも思いますが、
 
 
梨の木は庭に植えると縁起が悪いと言われています。
 
 
「何も無し」という解釈になるそうで、お金も無し、健康も無し、家族も無し
 
 
といった様になってしまうと言われているそうです。
 
 
ちなみに鬼門に植えるといいと言われている木
 
 
柊、月桂樹、クロガネモチ、キンポウジュ、マンサク、ユズリハ、
 
 
オガタマ、南天、金木犀、銀木犀などだそうです。
 
 
 

 

家相・鬼門(2)

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裏鬼門は坤の方向で南西にあたります。
 
 
ここは北東と反対に暑く住みにくい所で、中原への憧れは匈奴と同じく、
 
 
この圧力の総称を「南越」と呼び、歴代皇帝は匈奴南越対策に頭を痛めたそうです。
 
 
この話が日本に伝わってきたのは奈良時代だと言われています。
 
 
その後つくられた平安京は、方角にこだわっています。
 
 
そのため歴史の教材などにも、平安京の簡略図とともに方角と四神が書かれていたりします。
 
 
平安京には北東の守りとして、比叡山延暦寺、賀茂別雷神社(上賀茂)がつくられ、
 
 
裏鬼門を避けるために、石清水八幡宮が九州の宇佐八幡宮から請願されたそうです。
 
 
このように方角を取り入れて住居を建てるという知識は昔からあったそうですが、
 
 
一般庶民に普及したのは江戸時代中期以降に占が発達したためと考えられているそうです。
 
 
 
 
 
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鬼門や裏鬼門に水回りを置くことが凶とされるのは、食糧保存に関係した理由がありました。
 
 
鬼門は建物の北東に位置し、太陽が照るのは1日のうち午前中の短い時間で、
 
 
気温が上がるまでに日照はなくなってしまします。
 
 
よって、乾燥し難く、湿気の多い場所であることから不衛生な環境にあり、
 
 
汲取り便所・土間と台所の時代、ここに水回りを持ってくることを誡める意味があったようです。
 
 
逆に裏鬼門は南西に位置し、1日の最高気温の時に日照がある上、日没まで日の当たる場所です。
 
 
したがって、食糧などの腐敗が早く、不衛生であることから、
 
 
鬼門と同じ扱いになったと考えられているそうです。
 
 
 
 
 
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しかし現代では電気冷蔵庫や水洗便所があるため、上記の意味をなくしました。
 
 
また日本は、北東に日本海・南西には太平洋なので、大陸国のように攻め入られることはなく、
 
 
ただ単に吉凶・善悪の方向の形として輸入されたそうです。
 
 
次回は鬼門に対して少し特徴をもたせた建物を紹介したいと思います。
 
 
 

 

家相・鬼門(1)

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方位を考えるときに問題となるのは中心をどこに置くか、ということが最も多いそうです。
 
 
家相の専門家によっても異なるそうですが、大体の場合、
 
 
1.建物の重心
 
2.主人の居室の中央
 
3.敷地の重心
 
4.神棚のあるところなど
 
 
が中心となるそうです。
 
 
他に大黒柱大棟の中心を家相の中心とする場合もあるそうです。
 
 
一般的には一階平面図の重心というのが多いそうです。
 
 
 
 
 
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方位の中で一番知られているのが鬼門です。
 
 
鬼門の方向は、家相方位の艮の方向で北東にあたります。
 
 
この鬼門ですが、この方角の元となった理由の一つは中国の匈奴だそうです。
 
 
中国中原の沃野は気候もよく豊富な土地だったのに対し、
 
 
中国東北部は寒く不毛に近い場所だったそうです。
 
 
東北部に住む民族は、隙あらば中原の沃野に向かって移動しようとしました。
 
 
この東北部に住む民族を総称して匈奴といい、
 
 
この外圧に中国の歴代皇帝は頭を悩ませたそうです。
 
 
また、冬に東北から吹く風は冷たく「万里枯れる」悪魔の風として恐れられていたそうです。
 
 
匈奴の侵略は商や殷の時代(BC1500)からあったそうで、
 
 
後に中国を統一した秦の始皇帝がBC200年頃、万里の長城を築いたそうです。
 
 
その後の歴代皇帝も万里の長城を修復し、延長していったのだとか。
 
 
 
 
 
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また、この方向を「鬼門」というのは、
 
 
東北の奥には鬼が住んでいて
 
 
亡者が集まり忌み嫌われるとことに入る門であるから、と言われています。
 
 
また、北の陰から東の陽に移る陰の極で、
 
 
ここに死者の精気である鬼が集まり、よくないことが起こるので鬼門という説もあるそうです。
 
 
ちなみに、艮の方向は「表鬼門」といい、対角線上の坤の方向は「裏鬼門」といいます。
 
 
鬼門は艮を指すのに、なぜ表と裏があるのでしょうか。
 
 
次回は「表鬼門」「裏鬼門」について書いていきます。
 
 
 
 

 

     ゴールデンウィーク中の5月7日。

     社内バーベーキューを開催しました。

 

     弊社の地中熱を利用したモデルルームの前で行われ、大変盛り上がりました!!

     総勢27名が参加しました。

     当日のお天気は下り坂との予報でしたが、

     なんとか終盤まで天気がもちよかったです。

 

 

     BBQ1.JPG

     炭火焼の焼き鳥もありとてもおいしかったです。

     ビールに焼き鳥は最高!といいたいところですが

     お酒の飲めなかった皆様残念でした。

 

 

     社員の方の差し入れ「朝採りのタケノコ」も贅沢にいただきました。

     今年は寒さで不作と聞いておりましたが、

     たくさん差し入れていただきM氏ごちそう様でした。

      やわらかくておいしかったです。

 

 

      BBQ2.JPG

     企画から担当し、最後までがんばっていただいた T氏、N氏。

     お疲れ様でした~!!

 

 

 

      BBQ3.JPG

     当日は不安定なお天気でしたが、気温は少々高めで、

     時折さす陽射しが痛いほどでした。

     写真後方に外気温度(上段)と地中温度(下段)が写ってます。

     地中は15度と涼しいのがわかりますね。

 

 

 

 

家相・方位

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今回は家相に用いられる方位について書きます。
 
 
一般的に知られている方位とは東西南北ですよね。
 
 
また、日本では十二支を方位や時計にあてはめることもあります。
 
  
丑寅の方角、や丑三つ時などは妖怪がらみの時代劇や小説だと
 
 
よく聞いたり目にしたりしませんか?
 
 
私たちが普段使う「午後」や「午前」も午の刻(12時)の前か後かということです。
(他にも望遠鏡にウサギの絵を描いて「遠眼鏡(十目が子)」というトンチが使われていたり・・・)
 
 
方位・方角は生活する上で何かと関わってきますが、
 
 
東西南北や十二支はどちらも4の倍数ですよね。
 
 
 
 
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しかし、方位のもとになったのは前回も書いたように陰陽五行説
 
 
物の根源は五つの物からできていて、陰と陽に分けられ、
 
 
宇宙の根源は「木・火・土・金・水」であるとされているそうです。
 
 
その宇宙の根源である五つにはそれぞれ兄と弟があると考えられ、
 
 
十干(ジッカン)ができたそうです。
 
 
甲乙丙どこかで見たことはありませんか?
 
 
これはそれぞれ、「きのえ、きのと、ひのえ」と呼びます。
(「こう、おつ、へい」ではないです)
 
 
簡単に言えば「木の兄、木の弟、火の兄」ということです。
 
 
そういったように「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・申・壬・癸」とあります。
 
 
 
この十干と同じ頃できたのが十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)で、
 
 
十干と十二支は組み合わされて、今も時間や方位などとして使われています。
 
 
また、九星といわれるものや、四神も組み合わせて家相を見て行くそうです。
 
 
 
 
 
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家相方位一覧表.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(図:家相方位一覧)
 
 
 
この画像が家相を見るための一覧のひとつです。
 
 
一覧によって違いは出てくるそうですが、大きく見れば同じだそうです。
 
 
これによれば水回りを置くのに適しているのは南南東なのですが、
 
 
15度東にずれると水回りは凶となっています。
 
 
家相も占いのひとつですから、信じる信じないは人それぞれです。
 
 
中には「家相に振り回されてたら家なんて建てられないし、住めない。どうせ占いでしょう」
 
 
と思われるかたもいらっしゃると思います。
 
 
たしかにその通りなのですが、一般的に知られている凶の方角「鬼門」には、
 
 
「鬼門」と呼ばれる理由があるんです。
 
 
ということで、次は鬼門について書いていきたいと思います。
 
 
 
 
 

家相

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家相という言葉、一度は耳にしたことがあるかと思います。
 
 
辞書には、
 
 
家の位置・方角・構造などから、その家に住む人の吉凶を判断する方法
中国伝来の陰陽五行説に基づく俗信。
                                      (国語辞典「大辞泉」より)
 
 
とあります。
 
 
テレビでは風水師が家相を診断しに行く企画を時々放送したりしていますよね。
 
 
日本では古くから帝都の選定や社寺宮殿の造営、住宅建設などにも関わっています。
 
 
平安京などがよく知られている例で、
 
 
四神相応の考え方をもとにされたという説もあります。
 
 
鬼門とよばれる北東の位置には
 
 
陰陽道に関係する人物の屋敷やお寺(延暦寺)などが設けられたそうです。
(安倍清明邸もここにあったそうです。)
 
 
また、この時の貴族は出かける際の道順も吉凶にならって「方違え(カタタガエ)」なども行ったとか。
 
 
たしかに平安時代は「もののけ」「妖怪」を怖れていたといいますが、
 
 
出かけるときの道順まで決まっているのは少し手間がかかりますよね。
(場合によっては道の途中で五日泊ることもあったそうですし・・・)
 
 
 
 
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                                ■□今週の予定□■ 
                                       9日(今回)          家相
                                     10日(次回)         家相・方位
                                     11日                   家相・鬼門(1)
                                     12日                   家相・鬼門(2)
                                     13日                   家相・鬼門(3)

 

 

聖マーガレット教会

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ウェストミンスター寺院と宮殿を書いたので、
 
 
今回は寺院、宮殿とともに世界遺産に登録された
 
 
聖マーガレット教会について書こうと思います。
 
 
 
 
聖マーガレット教会.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:聖マーガレット教会)
 
 
聖マーガレット教会は、
 
 
ウェストミンスター寺院と同じ敷地内にあります。
 
 
また、ウェストミンスター宮殿の教区教会だそうです。
 
 
 
 
 
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聖マーガレット教会は、12世紀にベネディクト会派聖職者によって建てられたそうです。
 
 
その後寺院周辺に住む人たちが自分たちが使う簡素な教区教会として、
 
 
1486年から1523年にかけて再建されたそうです。
 
 
しかし17世紀に議会運用施設に選ばれ、
 
 
1614年にウェストミンスター宮殿の教区教会となったそうです。
 
 
現在の聖マーガレット教会は、
 
 
1877年にジョージ・ギルバート・スコットによって修繕された形だそうです。
 
 
よく知られる装飾として、1509年に東側窓に設けられた
 
 
フランドル製のステンドグラスが上げられるそうです。
 
 
 

 

5月7日は何の日・・・?

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5月7日はコナモンの日
 
 
5(こ)7(な)の語呂合わせだそうです。
 
 
関西の人たちはみんな知っていそうな記念日ですよね。
 
 
 
 
 
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関西といえば・・・
 
 
1615年の5月7日は
 
 
大坂夏の陣で大坂城天守閣が炎上した日です。
 
 
大坂城は別称で金城や錦城と呼ばれていたそうです。
 
 
大坂が大阪と表記されるようになったため、
 
 
最近は大阪城と表記されることが多いようです。
 
 
築城主はいわずもがな、豊臣秀吉。
 
 
現在の(基となった)形に改修したのは徳川秀忠だそうです。
(再建後も幾度となく火災に見舞われたのだとか)
 
 
下に写真を載せますが、
 
 
豊臣秀吉が建てた大阪城は黒く、
 
 
徳川家が再建した大坂城は白い外壁になっています。
 
 
大坂城01.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:大坂城 屏風絵)
 
 
大坂城02.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:大坂城 現在)
 
 
一説によれば、外壁を黒から白に変えることで
 
 
徳川家が権力を握るのは徳川であり、
 
 
豊臣ではないことを示したと言われていますが・・・
 
 
実際のところはどうなんでしょうか・・・?
 
 
 
 
 
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また、1251年の5月7日は海晏寺(カイアンジ)が創建された日だそうです。
 
 
 
海晏寺.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:海晏寺)
 
 
この海晏寺は品川沖でかかった鮫のお腹から出たといわれる
 
 
観音像「鮫頭観音」が安置されています。
 
 
このため、周囲が鮫洲と呼ばれるようになったとか。
 
 
ちなみに、あの岩倉具視のお墓があるそうです。
 
 

ウェストミンスター宮殿

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今日は立夏なんですね。
 
 
外もあたたかく、いい天気です。(*^^*)
 
 
つい1カ月ほど前まで雪が積もっていたと思うとはやいですね。
 
 
ゴールデンウィークもあっという間に過ぎてしまいました。
 
 
 
 
 
 
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さて、前回はウェストミンスター寺院についてだったので、
 
 
今回はウェストミンスター宮殿について書きたいと思います。
 
 ウェストミンスター宮殿02.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真:ウェストミンスター宮殿)
 
 
 
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(写真:ウェストミンスター宮殿 夜景)
 
 
 
 
ウェストミンスター宮殿は、
 
 
ウェストミンスター寺院、聖マーガレット教会とともに
 
 
世界遺産に登録されています。
 
 
現在英国議会が議事堂として使用されているのだとか。
 
 
併設されている時計塔、ビッグ・ベンは有名ですよね。
 
 
 
 
 
 
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そんなウェストミンスター宮殿ですが、
 
 
1834年に一度火災で消失しています。
 
 
消失を免れたのはウェストミンスター・ホール、ジュエル・タワー、
 
 
聖ステファン教会の地下室、回廊のみだったそうです。
 
 
その後、宮殿を再建する際にゴシック様式または古典様式のどちらかで再建となり、
 
 
最終的に現在のゴシック様式になったそうです。
 
 
1860年には主要部分が完成し、
 
 
全ての建設が終わったのは1950年だったそうです。
 
 
 
 

 

 

 

 

かしこく電力をおさえながら

「快適に暮らす」

~ 「 大地の風 」より ~

 

 

 エアコン.jpg

 

 

 

 

      このたびの未曾有の大地震と巨大な津波により、東北電力、東京電力の原子力発電所、

      火力発電所が各地で被害を受けました。これにより運転停止せざるを得ない発電所もあり、

      十分な電力を供給できなくなる事態が想定され、東北電力、東京電力では管内を地域

      ごとにグループ分けしたうえで、時間を区切って順番に停電させる

      「計画停電(輸番停電)」を実施してきました。

 

      過去には、戦後の混乱期や1974年のオイルショック時には電力の使用制限などが行われ

      たことがありましたが、きわめて異例の事態であることは言うまでもありません。

 

      そこで今回は、電力需要が大きくなる夏に向けて、少しでも電力の使用を抑えられる

      ように、2つのポイントをご紹介いたします。

 

 

 

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     マトをしぼって節電

 

      1つ目は消費電力の大きいものにマトをしぼって節電するというもの。

      家庭での家電別消費電力を見てみると、最も多いのがエアコンでおよそ25%

      ついで冷蔵庫照明テレビと続きます。つまり使用する消費電力から考えると、

      これらの家電の節電ができれば、かなり効果的であるということになります。

      では具体的にどんなことをすればいいのかを、機器別に見てみましょう。

 

 

      [ エアコン ]

      ・設定温度は28℃!「涼しい」ではなくて「暑くない」を目安に。

      ・ブラインド・カーテン・雨戸などを利用して日射を遮蔽し、エアコンの消費電力を減らす。

      ・エアコンの羽は上向きに設定し、効率よく部屋を冷やす。

 

 

      [ 冷蔵庫 ]

      ・設定温度は高めに

      ・扉の開け閉めを減らす、開けたらできるだけすぐに閉める

      ・冷蔵庫内を整理し、効率をよくする

 

 

      [ 照明 ]

      ・人がいないところなど不要な照明は消す

      ・LED、エコ電球に変更する

 

 

      [ テレビ ]

      ・待機電力はカット

      ・必要以上に見ない

      ・初期設定より、画面の彩度を落としてみる(目が悪くならない程度に注意してください)

 

 

 

 

     ピークシフト

 

      二つ目は「ピークシフト」です。

 

      電気は一日の内で、一番使われる時の需要量に合わせて電気を供給しており、

      そのピーク時の需要量を下げることができれば、必要とされる電力量が減り、

      供給しなければならない電気が少なくなる、ということになるからです。

 

      では、いつがそのピークなのか、ということですが、これから迎える夏は、

      午後2時から3時頃が多くなっています。

      また、夕方の18時から19時にかけても電力が多くなる傾向があります。

      つまり、ずっとエアコンやテレビなどを切ったままにしておくことは難しいですが、

      このピークとなる時間を避けて使うことを心がけるようにすればいいのです。

      ずっと我慢するのではなく、使うタイミングを考えるということ。

      スイッチを入れる前に、「いま何時なのか」と考える習慣をつけるだけでも良いですね。

      みんながピークを避けることで電力消費の山がなだらかになれば、

      それで成功といえるのです。

 

 

 

      電気は製造したら貯めておくことはできませんが、GEOパワーシステムでは、

      床下に設置してあるグリ石層に熱をためておくことができます。

 

      これにより、地中に眠る夏涼しく、冬暖かい地熱を、夏はおもに日中に、

      冬はおもに夜間から明け方にかけてりようすることができ、室内の一日の温度差を

      少なくするように働いています。

      そうすることで、夏の一番暑い時間でも、ピークの温度を下げることに繋がっており、

      「エアコンを使わずに扇風機だけで大丈夫でした」といったお客様からのお声を多く

      頂戴することができています。

      「本当にそんなことができるの?」と思われた方、また、このGEOパワーシステムが

      造り出す空間を「体感」しておられない方はぜひ、最寄の「体感館」で「体感」される

      ことをおススメします。休みの日に家族そろってのんびりと出かけることも、

      節電に一役買えますよ。

 

 

 

お花ライン.gif

 

 

 

      冷蔵庫をかしこく使い分ける

 

      冷蔵庫の庫内が食材でいっぱいになると、冷気の流れが悪くなり、必要以上に電力を

      消費するおそれがあります。では、必要な食材を確保しつつ、冷蔵庫をすっきりとさせ

      効率よく使うにはどうしたらいいのでしょうか。

 

      野菜をかってくるとついついなんでも冷蔵庫に入れてしまいたくなりませんか?

      でも、やさいには冷蔵庫に入れなければならないものと、入れなくても大丈夫なものが

      あります。それぞれの野菜に適した温度があるんです。

 

      流通システム研究センターの資料によると、一般に冷蔵庫に向いているのが

      トマトやだいこん、キャベツ、レタス、ホウレンソウなど。

      一方、庫外の保存が適しているとはいえ、涼しい場所に保存する必要はありますが、

      うまく野菜を選定して庫内の混雑を解消させたいものですね。

 

 

 

 

ウェストミンスター寺院

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ゴールデンウィークです。
 
 
みなさんはどのようにお過ごしですか?
 
 
今年のゴールデンウィークは連休というよりも中休みのような形で、
 
 
遠出をするには少しスケジュールを組むのが難しいかもしれません。
 
 
 
 
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先日ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式が執り行われました。
 
 
綺麗でしたよね。(*^^*)
 
 
さて、その結婚式が執り行われたウェストミンスター寺院について少し書きたいと思います。
 
 
 ウェストミンスター寺院01.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ウェストミンスター寺院はその名の通り、
 
 
イギリスの首都ロンドンのウェストミンスターにあるイギリス国教会の教会で、
 
 
聖ペテロ修道教会だそうです。
 
 
戴冠式などの王室行事が執り行われる聖堂で、
 
 
内部の壁と床には歴代の王や女王、
 
 
名のある政治家、芸術家などが埋葬されているそうです。
(壁も床も墓地や慰霊碑・・・なんだか想像しにくいですよね。)
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イギリス中世の大規模なゴシック建築であり、
 
 
1987年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
 
 
 
 
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埋葬されている人物の中には、
 
 
ニュートン力学で知られるアイザック・ニュートン
 
 
ユーダス=マカベウスやジュリアス・シーザーなどで知られるゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
(ユーダス=マカベウスの「見よ、勇者は帰る」は表彰式などのBGMで知られています)
 
 
ポンペイなどの古代遺跡の調査を行った建築家のロバート・アダム
 
 
など、著名な方々もおられます。
 
 
 
 
 
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■□おまけ□■
 
 
イギリスには「○○スター」という都市が多くありますが、
 
 
これらの都市はローマの植民都市を起源とするそうです。
 
 
セスター(cester)やチェスター(chester)などの語尾は
 
 
「軍団所在地」を意味するラテン語「カストゥルム(castrum)」からきているそうです。
 

 

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