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西洋建築史(1‐2) メソポタミア

 

今回はメソポタミアの建築についてです。
 
 
 
 
メソポタミアと聞いてまず思い浮かべるのは「メソポタミア文明」でしょうか。
 
 
メソポタミアとはギリシア語で「ふたつの河の間」を意味するそうです。
(その名の通りティグリス川とユーフラテス川の流域にひろがる平坦な地域だったそうです。)
 
 
建築と呼べるモニュメントと都市が歴史上もっとも早く誕生した場所で、
 
 
人間の営みが始まったのはおよそ紀元前7000年頃といわれているそうです。
 
 
最後はアケメネス朝ペルシア帝国に滅ぼされたそうです。
 
 
 
 
 木雲草原ライン.gif
 
 
 
 
 
 
メソポタミアは豊かで平らな土地ということから、
 
 
古くから様々な民族が入り乱れて派遣を競う地域でもあったのだとか。
 
 
メソポタミアでは建築に用いられる質のよい木材が少なく
 
 
最初期は単に泥を練った練土が用いられ
 
 
その後、用いられるようになったのは日干煉瓦だったそうです。
 
 
この日干煉瓦は住宅から大きな構築物まで利用され、
 
 
さらに焼成煉瓦も使用されるようになったそうです。
 
 
型枠を使用せず煉瓦を少しずつ迫りだすように積んでいく
 
 
迫りだし式のアーチやヴォールト構法が発展したそうです。
 
 
 
 
 木雲草原ライン.gif
 
 
 
 
 
そのメソポタミアの代表的な建築物がジッグラトとよばれるものです。
 
  
これは紀元前3000年頃(シュメール・アッカド時代)の
 
 
都市の重要な展開がみられる時期にでてきたそうです。
 
 
ジッグラトとは「高い所」を意味するそうです。
 
 
階段状の建物で「聖塔」とも呼ばれるそうですが、
 
 
機能的には不明な点も多いのだとか。
 
 
代表的な遺構はウルのジッグラト
 
 
 
ウルのジッグラト 写真.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(写真)
 
 
ウルのジッグラト 想定図.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(復元図)
 
 
 
 
ウル第三王朝期、紀元前2100年頃の建造とみられているそうです。
 
 
他にも南部のウルク(ワルカ)、バビロン、
 
 
北部のドゥル・シャッルキン(コルサバート)など
 
 
メソポタミア各地で建てられていたのだとか。
 
 
 
 
 
木雲草原ライン.gif
 
 
 
 
 
バビロンのジッグラトは(紀元前6世紀頃)、
 
 
古代ギリシアのヘトロドトスの「歴史」にも登場し、
 
 
聖書バベルの塔の記述のもとになったとみられているそうです。
 
 
 
 
 

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